Truth hidden in the Dream
クラスメイトのという女子は俺になびかないという変な奴で・・・まあ取り敢えず変な奴だ。 『跡部』の名を持っていても、テニス部の部長であっても別に俺を特別視しない。黄色い声で騒ぐ事も無く、俺を見て失神する事も無く、普通に接する。 まあ・・・良い奴・・・でもある。 ベッドに潜り込んでから、の事を思い出した。天井に描かれた天使やらヴィーナスやらの中に、に似たような奴を見つけたからだ。そいつは丁度枕の真上で神々しい光を放っている、深緑の服を着た女神だ。 黒に近い茶色の髪と、中性的な細い顔。 少し伏せ気味の瞳は髪と同じ茶色で、長い睫毛が美しいラインを描いている。 ・・・今まで気付かなかった。本当に似ている。 感情が全く読めないような閉じられた唇。 微笑んだら一瞬釘付けになってしまうであろう整った顔立ち。 無表情で何処か近寄り難い感じがするも、穏かな雰囲気を持っている。 長い間、俺はその女神を飽きる事無く見詰めていた。 気が付けば、俺は暗いトンネルを歩いていた。ずっと先には光があって、そこを目指して歩いているんだが、どうしても辿りつけない。足元が見え無い事もあり、最初はゆっくり一歩一歩踏みしめるように歩いていたが、次第に駆け足になっていた。 耳に響くのは聞き覚えのある女の声。そいつが俺を呼んでいる。繰り返し繰り返し、何度も何度も俺の名を呼んでいる。耳に優しい、夜空に浮かぶ月のような落ち付いた声。 それは、光の方から聞こえてくる気がする。 「跡部!」 気付けばいつもと同じ氷帝学園の校舎。裸の木が並ぶ裏庭の真ん中に俺は立っていた。 ・・・何故俺はここにいる? 疑問に思っていると、不意に背後から女子の声が聞こえた。 良く通る、女子にしては低めの声だった。・・・先程の声と・・・同じ・・・か? 「誕生日、三月七日なんだ。」 振りかえると一人の女子が立っていた。 真夏の木々を思い出させるような濃い緑の暖かそうなセーターと、ジーンズ姿。肩位までの茶色い髪を無造作に束ね、長い前髪を左右に分けていた。 奴の足の間に置いてある質素な灰色の通学鞄にはキーホルダーなどぶら下がって無く、代わりと言ってはなんだがポケットのジッパーが壊れている。 小さく笑みを浮べていないようでいるような不思議な顔で、俺を見ていた。奴の周りには落ちついた大人のような雰囲気が漂っている。・・・と、同時に何処にでもいる、平凡な女子のような気もする。 しかし・・・・・・誰だ、お前・・・。 誰かも解らないし、急に声を掛けられた事に腹が立っていたので舌打ちをしながら返事をした。 「だからどうした。」 「祝ってよ。」 「断る」 「そう?冷たいなー。あ、じゃあクリスマスは?」 「一人でやってろ。」 「マジか。・・・ま、いっか。」 こっちが吃驚するほどあっけらかんとしている。アホなのか神経が図太いのか鈍いのか・・・。 ・・・まあどちらにせよ俺様には関係無い。 その前に俺が何でここにいるか、その答えが欲しかった。 俺が口を開く前に、奴は急に何かを思い出したように手をぽんと叩いた。そして鞄をごそごそと漁ると、綺麗にラッピングされたブラウニーを出した。 「はい。これ。ハッピーバレンタインー。」 ずずいっと差し出されたので思わず受け取る。・・・受け取ってからどうかと思うが一応聞いておく。 「んだこれ。」 「何って、バレンタインだからさ。あっホワイトデーに三倍返し宜しく!」 そう言って奴は笑顔と共に親指を立てた。 無邪気な・・・いや、まあ話している内容は無邪気とはかけ離れたものだが・・・その笑顔が余りにも唐突で、不意打ちで、弾けていて楽しそうで・・・・・・俺は未だに状況が飲みこめてなくて・・・ 俺の堪忍袋が音を立てて切れた ふざけるな 一体お前は誰だ? 何故ここにいる?いや、むしろ俺は何でこんな所にいるんだ? 冬の寒い中、来た覚えも無い学校の裏庭で何をやっているんだ? ・・・そろそろボケたのか?・・・いや、真田じゃねーしな・・・・ そして、どんなに睨んでもさらりと流す、お前は誰だ? この俺様を前にして、何故そんなに落ち着いている? 笑って、手をひらひらさせて誤魔化すな。肩を竦めたって答えになってねーんだよ。・・・ったく。 女子のくせに、媚びる事無く俺の事を気軽に「跡部」と呼ぶ。 耳に五月蝿い高い声も、目を大きくして上目遣いも無い、変な女。 馴れ馴れしい態度に苛つくも・・・どこか嬉しく感じるのは・・・何故だ? 止めど無く、波の様に押し寄せてくる大量の疑問。 答えは返って来なくて、ただ、不思議な顔をした奴が目の前にいる。 ・・・全く、ワケの解らない奴だ。 灰色の空からちらちら落ちてくる冷たい結晶。小さな欠片が俺の頬を濡らした。 奴は天を見上げて笑みを浮かべ、小学生でも無いのに雪を見てはしゃいだ。 大人びた雰囲気とのギャップが何故か・・・微笑ましい。 雪が衿の中に入ったのか、「おわっ」という女子とは思えない奇声を発した。そして亀のように首を縮めて、俺が怪訝な目で見ていると苦笑した。 初めて見るようで・・・見覚えがある風景。 以前全く同じ物を、どこかで見た気がする・・・ 靄のかかった、曖昧な記憶。思い出せないのは何故だろう。 強い風が吹いて、奴の緩く結んでいた髪が解けた。 黒い髪ゴムは派手に吹っ飛び、風にもまれながら遥か彼方へ消えていった。 雪と共に風と戯れる奴の茶色い髪がキラキラと輝いて見えて、思わず目を細める。 普通は女子が髪を押さえるはずの、強い風。だが、奴は両手をだらりと下ろしたまま顔を少し上に向けた。 風を感じる様に目を閉じて、髪を風の吹くままに任せている。それが自然な動作で、横顔が聖書に出てくる女神の様で、一瞬俺様らしくも無く雪の精か何かと思った。 閉じられた瞳、長い睫毛。 茶色い髪、整った顔立ち。 落ちついた表情と、子供のような動作。 ・・・とても・・・認めたく無いが、・・・とても・・・・愛しいと思った。 ゆっくりと霧が晴れていく。 脳裏に浮かぶ、あやふやな影。 風に揺れる、茶色い髪 俺の名を呼ぶ、あの声 睨んでいるようで、柔らかな光持つ、あの瞳 ああ・・・ 何故今まで思い出さなかったのか こんなにも・・・駆け引き無しで傍にいてくれる、大切な存在なのに 何時の間にか俺の心を支配した、憎たらしいあのクラスメイト。 静かに一歩近づく。 奴は目を開いて、俺を見た。 「お前・・・」 だろ。 そう言おうとした瞬間、更に強い風が吹き、雪が奴の体を覆っていく。 奴はにっとニヒルな笑みを浮べると、ゆっくり背を向けて歩いていった。 「っ待て・・・!」 掴もうと手を伸ばすが、思っていたより距離が開いていた。 指先は寂しく空を切り、雪が冷たいと今更思った。 追い掛けて、肩を掴んで、振り向かせて、話しかけたいのに・・・ 今になって気付いたんだ。お前が誰で・・・俺に何を伝えたいのか。 だが雪に足をとられて上手く動け無い。 くそっ・・・いつの間にこんなに積もって・・・・・・ 少しずつ遠くなり、ぼやけていく奴の輪郭。 もう届かないと頭では解っているのにギリギリまで手を伸ばす。 届かない、届かない。雪にかき消される奴の後姿。 もどかしい気持ちは遂に声となり、泣きに近い叫びが口から漏れた。 「・・・待てよ・・・っ・・・!」 無表情の女神が俺を見下ろしていた。 薄明るい所で見ると、ほんのり微笑んでいる様な気がするなとぼんやり思った。 ・・・ああ・・・夢・・・・ 右手で顔を覆う。そして気付いた。目から頬に一直線残っている乾いた跡。 ・・・涙? 指先で触ると少しざらりとしていて、けれど不快感は無かった。 ただ誰かに見られて無いかと気になって、大丈夫だとは解っているが部屋を見渡す。 俺以外誰も居ない、大きな部屋。 微笑みかけてくる天使達は俺の涙など知ったこっちゃないだろう。 ほっとしたと同時に気恥ずかしくて自嘲気味に少し笑った。 ・・・はっ・・・この俺様が・・・夢で、泣くとはな・・・ 窓の方に目をやれば、カーテンの隙間から光が射し込んでいた。 ベッドから降りて、左右に大きくカーテンを引く。 光の皇帝とも言える太陽が眩しく俺を包む。 夢から目覚めた今、俺様の新しい華麗なる一日が始まる。 しかし俺一体どんな夢を見ていたのだろう・・・。 この俺様を泣かせるとは・・・・・・まあ気にすることは無い。 太陽がゆっくりと昇り、完璧な俺に相応しい光を放つ。 俺のためだけに輝く、俺様専用のスポットライト。 さあ太陽よ、消える事無く燃え続け、俺のみを照らせ。 それがお前のただ一つにして最高の存在理由だ。 朝食のクロワッサンも、バターも、ママレードも、ハムも、チーズも、ローズティーも・・・ 全て俺をたたえ、素晴らしき一日に祈りを捧げているようだった。 いつもと変わりの無い通学路も輝いて見えた。 消えている街灯や揺れる木々、一つ一つが俺の道を豪華に飾り付けているようだ。 何だか良い気分のままクラスの扉に手をかける。 ぐいと引けばガラガラと聞きなれた古い扉の音。 開いた直後、目が行くのは一番後ろの窓際の席。 半分寝掛けているが淡い太陽の光に包まれていた。 そいつの右隣の自分の席へ向かう。 足音を聞いたのか、が顔を上げてこちらを見た。 ふわりと揺れる茶色い髪。 少し笑みを浮べた口元。 いつも通りだ。 ・・・が何故か普段と少し違う気持ちがしなくも無いが・・・多分気のせいだろう。 ああ、そういえば夢で何か 大切な物を見つけた気がするんだが・・・ 「おはよう、跡部。」 「ああ・・・おはよう。」 「おっ珍しいね、名前付き。」 「ハッ!俺様は今日は気分が良いからな。ありがたく思いな」 ・・・まあ、いいか。 −−−−−−−−−−−−− つっちゃんに捧ぐ。 跡部の『みたいな●ルケー』が好きだと言っていたので、それをイメージしながら・・・。 ってまんまやん!というツッコミは無しの方向で!(爆) 前の『挨拶』に微妙に繋がっております。 (ブラウザバックプリーズ) |