挨 拶 一番後ろの窓際。俺の左隣りの席。 そこがアイツ、の席だ。 「おはよう跡部」 部活の朝練が終って、教室の扉を開けて、自分の席に近づくと、いつも言われる。 毎朝毎朝、望まなくても聞こえる声。 一日の始まりを告げる声。 「ああ。」 まともにおはよう。と返せず、いつも中途半端な生返事。 それでも嫌な顔をしない。 少し笑ってから、やっていない宿題をやるか、授業が始まるまで机に突っ伏して寝ている。 は少し変わった奴だ。 この俺様の隣りでも普通にしている。 右隣の女子なんて席が決まった瞬間ぶっ倒れたってのに。 休み時間忍足や他のテニス部レギュラーが来たって、軽く挨拶をするだけ。 他の女子はきゃーきゃー煩く騒ぐのに。 入学してから直ぐ全校女子の視線を集めた、筈だった。 けれど、は違った。 一年二年、と違うクラスだったから、アイツとは余り話す機会は無かった。 俺に興味を示さない女子がいる、という事は知っていたが、誰だか解らなかった。 三年になった初めの日、女子に囲まれて教室に入った俺を、は見ようともしなかった。 コイツだ・・・。俺は直感した。 確かあの時も窓際の席、ぼんやりと空を見上げていた。 気に入らなくて、近寄って、「おい。」と声をかけた。 アイツは少し驚いた顔をしてから、 「初めまして。、宜しく。」 と言った。 物凄く気に入らなかった。 俺様になびかない奴はいなかった。 俺だって本気じゃなかったし、以外にも女子は沢山居る。 ただ気に入らなかったから、俺に落ちないから、落としてみたくなっただけだった。 だから、まあ・・・俺らしくも無く、色々と手を出してみた。 必要以上に顔を近づけて話してみたり、 帰宅部だったを無理矢理テニス部に引っ張ってきて、俺様の美技を見せ付けたり。 結局なにも成果をあげなかった。 それから数ヶ月。アイツは変わらない。 話しかければ返事を返すし、盛り上がる時だって時々ある。 けれど、それだけだ。 俺に向けられる視線はいつも「クラスメイト」「友人」類のもので、 「憧れ」「好き」等のものにはならなかった。 ・・・諦めの域に達したのかもしれない。 「は男の趣味が悪い」と思いこんで無理矢理納得しようとした。 どうでも良い存在。そうだ、どうでも良いんだ。 しかし六月の半ば、ふいに声を掛けられた。 いつも話しかけるのは俺で、からは声をかけられた覚えが無かった。 ・・・声を掛けられた、と言っても大した事じゃないんだけどよ。 朝、教室に入って、机に近づいた時、と目が合った。 「おはよう」 それだけ。 朝練の時、いつも言われる言葉。 (忍足は、おはようさん、とケツにさんがつくが。まあどうでもいい) 考えてみれば、朝の挨拶をした事が無かった。 「ああ。」 俺の初めての返事はこれだった。 それからずっと、この朝の短い会話は繰り返された。 短すぎて、会話と呼べるのか怪しいが、俺は会話と呼ぶ。 兎に角これは毎日毎日、学校がある日は繰り返された。 それで気付いたんだが、の「おはよう」は色々バリエーションがあって、 「おはよう」と「ああ、おはよう」と「おはよう跡部」と三つある。 最初は機嫌が悪いか、または普通。 二番目は少々良い時、大体宿題が八割は終っている時だ。 三番目は宿題も完璧に終らせて、かつ睡眠もばっちりとれている時。 下らない事とは思うけど、中々面白い。 の行動は・・・一言でいうと「変」で、飽きない。 授業中暇になると、アイツを観察する事にした。 ぼーっとしている時が多かった。 またはノートに落書きをしていた。 けれど 真面目に授業を受けて居る時は、驚く位、いい顔をしていた。 隣りの席だから見えるのは横顔。それでも、いい顔をしていると解る。 睨みに近いほどの鋭い瞳で教師や黒板を見詰め、納得できると少し嬉しそうに頬を緩める。 急に重要な事を先生が言うと、ノートに慌てて書き込む。 無造作に束ねられた、ほのかに茶色の髪がぱらぱらとノートに当たって心地よい音を立てる。 そんなに興味を持った。 俺はアイツをまともに知らない。 ただただ「俺になびかない嫌な女」としか見ていなかったから。 色々樺地に調べさせて、は普通の女子と言う事を知った。 ずば抜けて頭がいい、とか、運動神経は五輪に出れるほど、とか期待していた訳じゃないが、 本当に普通の女子だった。 顔だって飛び抜けて美人、可愛いと言うわけでもない。 けれどそれでも興味を失わなかった。 朝の短い会話。 その存在は何故か大きかった。 普通に話してくる奴が欲しい。 いつだったかそう思った覚えがある。 全く媚びない奴だから、きっと興味を持ったんだ。 「跡部様ぁ〜おはようございますぅvvv」 俺様の周りに来る女子はいつもいつもいつもいつも・・・ こんな奴らばっかりだったから。 さっぱりとした、普通の「おはよう」を聞きたかったのかもしれない。 勿論取り巻きに「普通に言え」と言ったら普通の「おはよう」になる。 だがそれじゃ、意味ねーんだ。 アイツは本心から、普通のおはようを言う。 それが何より・・・ 嬉しかったんだ。 朝、教室の扉を開けた。 窓からの光りが、誰も座っていない席を照らしていた。 がいない。 声が聞こえない。 会話が無い。 適当な男子の胸倉を掴んだ。 笑えるくらい驚いた顔をしていた。 「・・・はどうした。」 「し、知らねーよ。風邪じゃねえ?」 「そうか。」 手を離す。 そいつは激しく咳き込んだ。まあ俺には関係無い。 授業中、ぽっかりと空いた隣りの席が気に入らない。 ついでに右の奴の視線もウザイ。 部活前、教室を出かけて、振りかえってもが居ない。 「頑張ってね」の声も聞こえない。 最悪だ。 部活中、無駄に怒鳴った。 準レギュラーに破滅へのロンドをぶつけまくった。 それでも苛々は収まらない。 何やってんだ、・・・ たったアイツとの会話が無いだけで、俺様がこんなになるなんて。 多分樺地でも解らないだろう。 次の日の朝、教室の前で立ち止まる。 いるか、いないか。 結局昨日、どうしたのか確かめられなかった。 妙なプライドがあって、電話がかけられなかった。 ボタン数個で、聞きたければ、声が聞けたかもしれないのに。 まあ過ぎた事はどうでもいい。 いるか、いないか。 これが一番重要だ。 いなかったら・・・今日はサボる。 俺様には有り得ない事。優等生だからな。 しかしがいなければ、集中できないだろう。 じゃなく、俺が変わったな。 自嘲気味に、少し笑った。 教室の扉を開ける。 見慣れた、ぼやーっとした横顔。 窓から射し込む光がを照らしていた。 顔を見たら、昨日はどうした、と怒鳴ってやろうと思っていた。 怒りを、溜まった苛々をぶちまけてやろうと思っていた。 全ての所為だったから。 だが何故か奴の姿をみたら、 そんな事、どうでも良くなった。 奴との短い会話。 それで全て、忘れてやる。 少しだけ、口の端を上げながら、自分の席へと近づく。 足音に気付いてこっちを見る。 茶色の髪が、きらりと光を反射した。 いつも通り、普通の声で、普通の挨拶。 「おはよう跡部」 「ああ・・・おはよう。」 今度から、少しはまともに返事を返してやろう。 何故か、そう思った。 −−−−−−−−−−−−− 意味わから無いよ跡部。私の中の跡部は子供っぽい所があります(笑) (ブラウザバックプリーズ) |