次の月の最初の週末の日付が知りたくて、カレンダーを捲ろうとしたら背表紙に行ってしまった。
そのとき小さく発する「あ」という自分の声で、ああ今年は終わるんだと気付いた。だって12月なのだ。
私が新年を初めて実感するのは、大抵そんなときだったりする。




:オーバーナイト:




「…どうした


「ん、ああ、ちょっとね」


蓮二の声で、私ははっと我に返った。
カレンダーを(意味なく)捲った触感をわずかに指先に感じながら、ぽすっと蓮二のベッドに腰掛ける。
綺麗に整頓された机の上の小さな時計が長針と短針で示す時刻は、午後11時57分。あと三分で、この年が明ける。
…というときに、蓮二はいつもと全く変わった様子もなく、立ったまま本棚の点検をしていた。
暇なので、蓮二の部屋をぼーっと眺めてみる。


蓮二の部屋は広い。
ベッドが一つに、勉強机が一つ。
あと壁を埋め尽くしている大量の本棚以外は特に目立ったところの見当たらない、簡素、というより殺伐とした部屋。
大人ふたり大の字になれるくらいの大きなスペースに、いつも何もなくて、寂しい感じがする。
でも今日はそのスペースには小さめの折りたたみ机と、 二つの空のカップラーメン(年越し蕎麦の代わりに食べた。二人で)があって雑然とした印象を与える。
いつも殺風景な蓮二の部屋に、自分を含めた生活の息吹があるのが、嬉しい。
学生同士の金のないカップル、という感じがひしひしするだけ、といえばそうなんだけれど。


コタツでのんびり紅白歌合戦を見るのもいい。
除夜の鐘を聞きながら寄り添うなんてのもなかなかにロマンチックだと思う。

年越し蕎麦の代わりに食べたカップラーメン(蓮二は三倍くらいに薄めてた)には そんな色気もセンチメンタリズムも、微塵も感じられないけれど。
全然悪くないな、と思う。


雑然として色のないこの部屋で、勉強机の横に凭れ掛かった真っ赤な日傘だけが異彩を放っていた。
それは私が、以前蓮二の誕生日にプレゼントしたもので。
千代紙を想起させるような和風の赤に、牡丹に似た植物が描かれたデザイン。一目で気に入って買ったのだった。
買ったあとでこういう派手な原色は好みじゃないんじゃないか、と心配したが、笑顔で受け取ってくれたのを覚えている。
今は日傘が必要な時期ではないからとんと見かけなかったのだけれど、ちゃんと持っていてくれたんだなと実感する。
大切そうに置かれたそれが、嬉しい。


「…私があげた日傘、とっといてくれてるんだ」


「当然だろう」


「ありがとう」


こんな小さな会話も、嬉しい。


…そんなことを考えていると、満腹感も手伝ってか眠くて瞼が重力に抗えなくなってきた。
最初カレンダーなんて捲ってみたのも実は眠気覚ましのつもりだったのだが、あんまり効果はないようで、 頭から溶けてしまいそうに眠い。


「…蓮二ー」


「どうした?」


私の声に、蓮二が振り返って不思議そうに私を見る。
何となく嬉しくて、眠いのも手伝って甘えたくなって、私はこれでもかというくらい緩慢な動作で毛布に潜り込んで、


「ひざまくら。」


と言う。


「…もう眠いのか?徹夜で初日の出を見るんじゃなかったのか?」


なんていいつつも、点検を中断して微笑みながらベッドに座って私に膝を提供してくれる。
私は毛虫のような動きで蓮二の膝(正確には腿?)に頭を預けると、それだけでなんとなく暖かい気持ちになった。


「…除夜の鐘の前に寝そー」


「あと二分の辛抱だ」


「むり、ねる」


「…仕方ないな、初日の出には起こすか?」


「うん」


蓮二が励ましてくれるのもありがたかったけれど、どうにも私はこの強烈な眠気に勝てそうもない。
毛布がぬくいし、それに蓮二が傍に居るので安心しきっている。
多分、あと一分しないで寝てしまうだろう。
朦朧とかすみがかった柔らかな意識の中で、蓮二の声を聞いた。



「おやすみ」



その声が合図だったかのように、私はすぐに深い眠りへと落ちていった。




その晩、私は夢を見た。


新しいカレンダーを買って、丁寧に蓮二の部屋の壁に掛けている夢。

私は前の月の最終週末の日付を確認したくてカレンダーを捲ろうとしたら、当然捲れなくて、表表紙に突き当たってしまう。
その時発する自分の「あ」という声で、ああ新しい年が始まったんだなと気付いたりする。
たった今ここに掛けたカレンダーを捲って捲って使い切って、新しいのに買い換えて、そしてまた使い終えて、 そうやって君が繰り返す小さな日常に、どうか私がいますように。
今空を覆っている大晦日の闇が薄れて、初日の出が空をあの赤い日傘の色に染めても、寒い冬が過ぎて眩い夏が来ても、 私の我侭に仕方ないなと笑ってくれる君が、傍にいてくれますように。


そんなことを、夢の中で願っていた。








私は一月一日の日、蓮二が頭を撫でてくれた大きな手で、眠りから覚める。












































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27.12.04
(達人に甘えてみようドリーム)


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