ぽかぽかする春の日差しを体中目一杯浴びられる、木々を避けたコート裏の少し傾斜のある芝生の上。 この季節、俺の一番の昼寝スポット。 :春色ポリフォニー: あー、ぽかぽかする。何かそれ以外に形容詞見つかんねー。 春の日差しはほんと気持ちよくて、瞼開けてるのがスッゲェ辛くなる。 ぼんやりする視界の左端に辛うじて映る空は、争いや湿っぽい感情なんか何にも知らなそうな、やたらに穏やかな色を浮かべてる。 俺の視界の大部分を埋め尽くしてるのは、若草色の芝生。首と右頬に当たって、ふわふわっつーかごわごわする。 好き放題に伸びてるから、横を向いたら最後、片目閉じても両目開けても芝生しか見えない。 その合間にちょっと、蟻がせっせと食べ物運んでるとことか、ひらひら散歩してる白いモンシロチョウとかが時々見えたりするくらいだ。 あーすっげー平和。そんなことを思いながらまた目を閉じる。 突然、俺の顔の上が何となく暗くなった。つっても目閉じてたからほんとに何となくだけど。 こんなとこに人が来るなんて珍しい。俺は一瞬で、光を遮った奴が誰だかピンと来た。 まだ樺地にも見つかってないんだ、ここを知ってる奴は一人しかいねーもん。 「あ、ジローちゃん、ごめんね起こした?」 やーっぱり。目閉じてるから声しか聞こえねぇけど、だ。 小鳥が平和そうにピチピチ鳴いてるのを聴きながら、俺はゆっくり瞼を上げる。 穏やか過ぎて眠くなる春の空色が開いたばかりの瞳に優しく広がる。 例えるなら、小学校低学年の時に使ってた色鉛筆セットのぐんじょういろ。そんで表情はにこにこしてる。湿っぽい感情が入り込む余地なんかどっこにもなさそうな、にこにこ。 の顔は軽い逆光であまり表情は読み取れないけど、でもさっきの声は震えてて何か不安そうだった。 空はぐんじょういろで、好き放題伸びてる芝生は若草色で、小鳥がさえずってて、蟻がエサ運んでて、 あまつさえ合間を白いモンシロチョウなんか飛んじゃってて。 こんな、完璧すぎるくらいのどかで絵本みたいな春に、何を不安になることがあんだろ。 「……んぁ?別に、起きてたC…」 寝転がったまま俺はわしゃわしゃと自分の髪を掻いて、また瞳を閉じる。 の茶色っぽい髪と違って、俺の髪は長時間陽に当たっててもあんまり暖かくならなくて、面白くねぇっていつも思う。 そんなとき、俺はの髪に触れたくなる。茶色っぽい髪の女なんていくらでもいるけど、何かじゃないと駄目。 指の間を抜けるの細い髪の熱は、何か俺を安心させる効果がある。 これ言うとはいつも「変だねジローちゃんて」と、笑うけど。 が俺の背中側に、ごろりと寝転がる気配がした。もサボんのかな。 無法地帯になってる芝生を、まるで愛犬の背中を撫でるみたいにゆっくり撫でる音がする。かさかさって。 ピンと来た。 それ、落ち込んでるときの癖だって気付いてねぇだろ。 でもテストの順位が下がりまくってたときとか、体調悪いときとか、友達と喧嘩したときとか、ペットのインコが死んだときだって、いつも机撫でるみたいな仕草しただろ。 俺の頭撫でたがったりもした。そんでいつも微弱に笑んで、「大丈夫だよ」って言うんだ。大丈夫じゃねーくせに。 そんで自分では隠してるつもりでいるんだろ、オメェ。 いっつもひとしきり自分一人だけで泣いて、その後はいつも通りなんだ。 でも今は違う。 ぐんじょういろの空。 若草色の芝生。 白いモンシロチョウ。 こんなのどかすぎる絵本みたいな春には、湿っぽい感情が入り込む余地なんてどこにもなさそうなのに、 やっぱり人の感情はそうは行かないようで。 かさかさ言う音が止んで、が俺の背中の方向に向けて半回転する気配がした。 「…ジローちゃん、ごめん。背中貸して」 こっちが聞いてて目尻熱くなりそーなくらい弱々しい、の声。 背中のシャツを細い指で掴まれて、額を置かれる感触がした。 さらりと触れる、熱を含んだ、の細い髪。俺の大好きな。 後に続くのは、背中を湿らすの涙と、弱々しい嗚咽。 何を泣くことがあるんだろう。ぽかぽかの、能天気なくらい陽気なこんな日に。 俺は単純だから結構その日の天気で気分を左右されたりする。 こんな気持ちいい晴れの日は外に出てうたた寝したくなるし、 じとじとする雨の日は何か憂鬱になって寝る以外何もする気起こんなくなるし、 でも激しい雨が窓に叩き付けられて風が吹きまくる台風なんかめちゃくちゃワクワクしてそこら中駆け回りたくなる。 (いつも跡部に止められんだけど) でもはそうじゃないみたいで。 台風が来ても静かに本読んでるときだってあるし、かと思えばワクワクして止まんねー俺をゲームに誘ってくれたりもするし、 じとじとする雨の日は、俺が到底気付かなかったようなキレーな紫陽花に乗っかってるカタツムリを見つけたりするし、 そんで、こんな晴れの日にでも、悲しい涙を流すんだ。 俺には、の涙の理由は分かんねえ。 でも、分かんねえままでもいいや。今はまだ。 いつも泣くとき自分の身一つ以外は何も求めないが、俺の背中を求めたこと。 不謹慎かもしれねぇけど、ちょっと嬉しい。今はそれだけで充分。 俺に、今この腕に触れるの細い髪が必要みたいに。 にも、俺の背中が必要なのかもしんねえし。 例えそれが今だけであっても。 諦めねえから。 まぁ、でも、実を言うと。 ぽかぽかする春の日差しを体中目一杯浴びられる、木々を避けたコート裏の少し傾斜のある芝生に、 ひらひら散歩中のモンシロチョウに、せっせとエサ運び中の蟻に、 隣に。泣いてても、笑ってても、隣に。 俺にはそれだけで充分、幸せの要素なんか全部揃っちゃってんだけど。なんて。 の嗚咽を聞きながら、どうせ貸すなら背中じゃなくて胸がいいんだけどなんて考えてる俺ってやっぱ不謹慎? ゆっくりと、目を開けた。 やっぱり空は、俺達の心情なんか知る気もねーみたいににこにこしてた。 ----------------------------------------------------- 04.26.05 (春に落ち込むのは空しい) back |