に触れてみた。何か特別の意図があったわけじゃなくて、ただ触れてみたかった。













憧憬














「周助…何してるの?」



の肩より少し長い髪の一筋を、僕の指先に巻き付けた。 すぐにするりと滑って僕の手の外で解けてしまいそうだから、持続的にくるくると巻き付ける。 は少し気恥ずかしいような顔をして、抗議とも照れ隠しともなんとも取れない返答をする。 多分、というか十中八九後者だろうけどね。僕は少しだけ笑って、の髪と戯れを続けた。 強く掴むことはせずに、緩く拘束するようにただ遊ばせて。 まるで摩擦を感じさせずに指を抜けるの髪は、あまりにも綺麗だ。だから触れたくなったのだろうか、だとしたら随分子供じみている。




「綺麗なものには触れてみたいと思うよ」




笑って僕は答える。何をしてるのと聞かれたのに理由を述べる僕の答えは答えにもなっていないだろうけれど。 は照れたのか俯いてしまった。あーあ、かわいいなぁ。僕はそれをいいことに戯れを続行する。
に触れたくなる、その理由は分からない。本質も分からない。 子供が猫の毛並みの触感に興味を示すのと同じ原理か、 それとも美しさは同時に儚さを想起させるから消える前に捕まえたくなるのか。何を捨ててでも。 そこにどういう潜在意識が働いているのかは知らない。 ひとはこれを衝動とか本能とか呼ぶのか。 思い切り壊してしまいたい気持と、大切にしたい気持が綯い交ぜになって僕を支配する。 両極端の気持は、砂のように細かい焦燥へと変わっていって僕をざわつかせる。
創られたように端正な雪景色を前に、戸惑うのに似ている。 あまりの美しさに足跡を残すことも憚られるのに、そうでなければ思い切り踏み荒らして泥水になるまで汚してやりたい。 砂のような焦燥は両極端な原材料とはまるで違って、僕に密やかな溜息を漏らさせる。
結局僕は貪欲なのだろう。中途半端にしか手に入らないのならいらない。 でも完全に手に入るものなどなくて、欲望とエゴの全てを解放することを自分に赦すこともできずに、 くるくるとの髪を弄ぶ指先は、居心地の良さを感じながらもどこか馴染みきらずにいる。
その差異がどうしようもなく狂おしい。何故か、とは分からなくても。


くすくす、という笑い声が聞えた。それがのものだと気付くのに大して時間はかからなかった。
相も変わらずに、ぼうっとの髪を弄る僕にが笑ったのだ。 知らないうちに、呆けたような顔でもしていたのだろうか。でもの笑いは嘲笑ではなくて、かといって照れ笑いでもなくて。 「子供みたい!」と言う言葉のついた、弾けたような笑いだった。
冬景色も夏の花畑に変えてしまいそうな、屈託のない、誰だって毒気を抜かれそうな、いつもの笑顔だった。


…やられたな、てっきり照れてると思ってたんだけど。




僕はに触れても赦されるだろうか、と、思う。 砂のように細かな焦燥を肺に、指先に、身体の隅々までに持って、浄化を願うように触れても構わないだろうか。 そんなことを想ったところで正しく許可を与える存在がいるわけでもない、誰が僕を裁くわけでもない。終わりも答えもありはしない。
かといって、例え誰が僕に有罪判決を下したところで、僕はきっと君に触れるんだろうな。丁度今こうしているように。


だって君は笑ってくれるだろう?僕が一番に望むように、僕の胸中なんてお構いなしに。 なら僕は君の向日葵のような笑顔やえくぼや、肩に掛かればさらりと流れる潤いに満ちたこの黒髪や、 君の爪の形を、きっと憶えているから。
どうかそのままでいて。壊れないで。壊すことを望みながら、一番に大切にするから。
そして今日も僕はこの煮え切らない狂おしさを持て余しながら君に触れる。随分と子供じみた衝動を以って。
僕を子供だというなら、これくらい許してくれるよね?











「へ、なに?」












「好きだよ」






やっぱり真っ赤になっているをよそに、僕は彼女の髪に口付けた。




















































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09.25.05
(こういう感情に名前をつけるのなら恐らくは)


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